【患者】 70代後半女性
【主訴】 「去年の夏が暑くてあまり動かなかったら、立ち上がるのにも補助がないと無理になってしまって。杖や手すりがないと歩けないし、バランスがとれなくて怖いから、外では車椅子に乗っています」
【既往歴】 脊柱管狭窄症、脊柱側弯症
【現病歴】 約6年前、脊柱管狭窄症に対し脊髄刺激療法(電極挿入手術)を施行。術後より腰部および仙腸関節付近に坐骨神経症状が出現していた。約2ヶ月前より疼痛自覚は軽減しているが、起立動作の困難および転倒への不安から、日常生活において著明な介助を要する状態となっている。
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【現症】 椅坐位からの起立動作時、下肢の制御不全を認め自力起立が困難なため、補助者の支持を必要とする。歩行については、補助者の両手を保持した状態で誘導を試みたが、下肢に振戦(ふるえ)が出現し、2歩で中止となった。
【施術と結果】 本症例は、下肢への入力自体に問題はないものの、動作制御に困難を呈している。触察にて頸部(特に右側)およびその要因と考えられる腰部に著明な筋緊張を確認した。脳への血流不全あるいは神経伝達の阻害を考慮し、頸部右側を優先的な施術開始箇所とした。
頸部への施術開始より約3分で筋弛緩を確認。補助付きでの起立動作において、本人自覚は乏しいものの、同伴の家族より「立ち上がりがスムーズになった」との客観的な変化が報告された。また、起立保持に約40cmの開脚を要していた状態が、約30cmまで減少した。
続けて頸部への施術を計5分間継続したが、その後の変化が停滞したため、頸部緊張の要因と推察される右腹部から腰部へのアプローチへ変更し、仰臥位にて施術を実施する事とした。
右腹部から腰部へ約25分間の施術を行った後、歩行分析を実施。入室時と比較し動作の円滑性は向上しているが、遊脚期の歩幅が著明に短縮しており、接地の際の踵位置が対照側の足尖(つま先)に対し約-10cm(つま先の手前)に留まる状態であった。
さらに仰臥位にて約30分、椅坐位にて約25分、計1時間半の施術を行った。終了時の歩行分析では、接地の際の踵位置が対照側の足尖を約5cm越える程度まで歩幅の改善を認めた。補助者の手に頼る割合も、主観で当初の約3割まで減少したとの報告を得た。
【考察】 本症例は、脊柱管狭窄症の術後経過および活動量低下に伴う全身的な筋緊張が、起立および歩行機能の著しい低下を招いた事例である。頸部および腹部・腰部の筋弛緩操作により、短時間で起立時の基底面(脚の幅)が縮小し、歩幅が増大した事実は、筋緊張の緩和が姿勢制御能および下肢の振出機能を向上させたことを示唆している。特に歩幅がマイナスからプラスへと転じたことは、股関節周囲の可動性回復を示す客観的な指標と言える。
【その他】 長時間の施術となったが、歩行時の補助依存度が大幅に軽減するなど、明確な機能回復を認めた。今後は、改善した歩幅を維持しつつ、自力走行距離の延長を目指し、継続的な筋弛緩と動作訓練を並行していく方針である。